まえがき
認知症高齢者と日々接する介護者のストレスは並大抵のものではありません。
「今日は、病院の日?」「今日は、何曜日?」などと、朝から晩まで、何度も何度も同じことを聞かれる。さっき食べたばかりなのに「いつになったらご飯になるの・・・」と、気が済むまで介護者を追い掛け回す。
夜中に突然起きだして、「〇〇がない!」「〇〇を盗まれた!」などと、ありもしないことで騒ぎだす・・・介護施設で働いているプロの介護職員でさえ、日々対応におわれ、やり場のないストレスと多忙な業務に日々葛藤しています。
介護業界をよく知らない方々からみると、老人ホームなどで働いている介護職員をみたとき、「なんであんなに優しく高齢者に接することができるのでしょうか?」「認知症高齢者相手に、よくイライラしないなぁ・・・」介護経験の浅い一般の方からみると、プロの介護職員はこんな風に見えるかもしれません。
しかし、プロの介護職員も1人の人間です。介護業務中、イライラすることもあれば、やり場のない怒りを抱えていることも多々あります。
筆者が過去、高齢者施設で認知症高齢者の介護を行っていたとき、面会に訪れるご家族から、このようなことを言われました。
「家族ですら世話できなかったのに、いつもありがとうございます。」
ですが、ご家族からこのようなことを言われると、いつも頭に浮かんでいたことは・・・
「自分の家族だったら、こんなに優しく接することなんて絶対にできない。」「仕事として接しているからできること。」あくまで職業人として認知症高齢者と接しているからできていただけで、これが、24時間365日、何度も何度も同じことを言われ、ありもしない話に付き合っていたら・・・
では、なぜ介護のプロは、家族ですら手を焼く認知症高齢者とうまく接することができるのか?何度も同じことを言われ、時にはありもしない話に付き合いながら、そんなことにもうまく接することができるのか?それは、特別な技術でもなく、高度な知識でもありません。
認知症高齢者への接し方として、基本的な考え方を学んでいて、その学んだ知識を日々の業務に生かしているからだけなのです。この知識や考え方は、介護経験の浅い方であっても、これから介護をするかもしれない方であっても十分理解できるものです。
では、ここからは、介護の経験の浅い方や、認知症高齢者への接し方などでお悩みの方に向けて、どのようにすれば、認知症高齢者と上手に接することができるのか?上手に接する方法や、対応方法などについて解説していこうと思います。
認知症高齢者と上手く接するためにはどうすればよいのか?
認知症高齢者と、いかにストレスをためず、日々上手く接していくためにはどうすればよいのか?これを考える前に、是非とも知っておいてほしいことがあります。
なぜ、何度同じことを伝えても、わかってもらえないのでしょうか。なぜ、さっき食べたばかりの食事を忘れて、本人の気が済むまで介護者を追い掛け回すのでしょうか?なぜ、このような言動が起きるのか、その理由は何だと思いますか?
その理由について、これから詳しく解説していこうと思います。
認知症高齢者はいつも不安でいっぱい?
なぜ、さっき食べたばかりの食事を忘れて、本人の気が済むまで介護者を追い掛け回すのでしょうか?
なぜ、このような言動が起きるのだと思いますか?
認知症だから?物忘れがすすんだから?高齢者だから?これも、ある意味では正解だと思います。ですが、このような症状が起きたとき、もう一つの理由を考えてみてほしいのです。
それは、「今、どんな不安を感じているのだろう?」「何が心配なの?何を訴えたいのか?」このように考えてあげてほしいのです。何度も何度も同じことを聞いてくるのは、物事をすぐに忘れてしまう自分が不安で心配だからなのです。
「さっき、何か聞いたような気がするけど、何を聞いたのだろうか?」「今日、何か大事な用事があったような気がするけど、思い出せない・・・」「最近、すぐに忘れるし、物事を覚えていられなくなった・・・」このように、自分が感じている不安をどうやって解消すればよいのか?その方法がわからない。それを言葉にして伝えることもできない。認知症高齢者の心の中は不安でいっぱいなのです。
では、その不安を解消してあげるためには、どのようなことをしてあげればよいのか?さらに詳しく解説していこうと思います。
認知症高齢者の不安を解消するには・・・
「何度も何度も同じことを聞いてくるし、答を教えてもすぐに忘れる。」このような言動を、ただ単純に、「認知症だから」「物忘れが進んだから」と考えるだけでなく、「何が不安なのだろう?何が心配なのだろう?」と受け止めてあげてほしいのです。
日々、忙しいなか、このようにゆとりをもって相手に接することは、もしかすると難しいことかもしれません。
ですが、相手の気持ちを受け止めること。これを「受容」と「共感」とも言いますが、認知症の方は、介護者の接してくる態度に対してとても敏感に反応します。相手の訴えに対して、まず気持ちを受け止めてあげること。認知症高齢者と上手く接するうえで、これが基本中の基本となる考え方なので、ぜひ頭の片隅に置いてもらえればと思います。
相手の訴えは、否定すればするほど後が大変・・・
認知症高齢者のお世話をしていると、朝から晩まで何度も同じことを聞いてきたり、聞いてきたことに対して返答しても、すぐに忘れて、また同じことを聞いてくる・・・このようなことが日々繰り返されます。
こんなことが毎日続けば、どんな方でもイライラもするし、つい、「さっきも同じこと言ったでしょう!」なんてつい言ってしまうこともあるでしょう。
でも、先ほどお伝えしたように、認知症高齢者と上手く接する基本は、「相手の訴えをまず受け止めること」これが基本であるとお伝えしました。
相手の訴えを受け止めるということは、相手の訴えを「否定しない」とも言えます。
相手の訴えに対して、「さっきも同じことを言ったでしょう。」と思っても、まず、相手の訴えを聞いてあげる。そして「あなたの不安に思っていることを、私はしっかりと聞いています。」このような姿勢を示すことも相手の不安を解消するポイントでもあります。
とはいっても・・・
いちいち付き合うのも大変かもしれないけど・・・
日々、家事や仕事などと介護を両立されている方には、「毎日毎日忙しいのに、そんな余裕ありません!」このように思われる方もいるかもしれません。
ですが、「急がば回れ」という言葉があるように、認知症高齢者との接し方でも、同じようなことが言えます。
認知症高齢者と接していると、つい、相手の訴えに対して、その場しのぎの対応をしてしまいがちです。何度も同じことを聞かれると、「それはさっき聞きました!」意味不明のことを聞かれたときなど、「違います!」などと、こちらの返答に相手が不安げな顔をしていても、こちらのペースでその場を治めてしまいがちです。ですが、不安や心配事が解決していなければ何度でも同じことを聞いてきますし、納得できるまで介護者のそばを離れようとはしません。
その場しのぎの対応で、さっさと済ませてしまおうとした結果、結果、さっき治まったと思った話がまたぶり返される・・・また、同じ返答をしなければいけなくなる・・・
こんなことにならないためにも、相手の訴えに対しては、相手が納得するまで付き合う。相手の不安や心配事には面倒がらずに付き合ってあげる。認知症高齢者への対応は、その時は多少面倒だと思っても「急がば回れ」です。
接するときの態度や声がとても大切です
認知症高齢者は、相対する介護者の、ちょっとしたしぐさや態度に敏感に反応します。
返答した際の声が相手にとって大きなものだったり、目の前で、急に身体の向きを変えたときなど、私たち健常者にとっては些細な事であっても、認知症高齢者にとっては、相手の態度や急な変化にとっさに反応ができず、結果、相手を戸惑わせてしまうこともあります。
では、どのようなことに気を付けた方がよいのか?実例を挙げながら解説してみます。
向かい合うときには、近すぎず、遠すぎない距離で
認知症高齢者と向かい合って話をするとき、相手との距離はどれぐらいが適切な距離かご存知ですか?これは、老人ホームなどで介護業務を日々行っている介護のプロでも、意外と知られていないことでもあります。
事例をあげて解説する前に先に正解をお伝えしますが、向き合う相手との適切な距離は、相手と自分の間に、腕1本真っ直ぐ伸ばせる距離が適切であると言われています。
高齢であるために、視覚に障害を持っている方では、相手があまりに近くにいると、相手の顔や表情を上手く識別できない場合もありますし、また、認知症高齢者の場合では、相手の顔や体が近くにありすぎると、圧迫感を感じ、言いたいことや伝えたいことを相手に上手く表現できなくなることがあります。
記憶が曖昧になっていて、判断能力が低下している認知症高齢者は、急な状況判断や、とっさの対応ができません。
人と話をするときには、相手の目を見て話す。相手の顔をしっかりと見て話をする。こんな、私たち健常者にとって、当たり前のことであっても、相手の顔や体が近くにあるだけで、必要以上に圧迫感を感じさせてしまう場合もあるのです。
認知症高齢者の感情は日々揺れ動いています。そして、とても用心深く自分と接する相手を注視しています。相手に安心感を持ってもらい、不必要なプレッシャーを与えないことも、認知症高齢者と接する際にとても大切なことでもあります。
誰でもわかっているつもりでも、意外とできていないのが・・・
加齢に伴い、耳が遠くなっている高齢者を多く見かけますが、耳の遠い高齢者と話す際、相手の耳の聞こえが悪いからと言って、耳の近くに口を近づけて、大きな声で話しかけている方を多く見かけます。
耳の聞こえが悪い方に対して、聞こえやすくするために、大きな声で話しかけてあげる。これは高齢者に接する方法として、けっして間違いではないのですが、声の大きさと同じぐらいに、もう1つ大切なことがあります。
それは、相手の反応を見ながら、1つ1つ言葉を伝えていく。
相手の訴えに対して、こちらからの返答を理解できているか、相手のペースに合わせ、相手の反応を見ながら、相手に合わせて話をする。これも、高齢者と接する際に、とても大切な対応方法の1つです。
相手に合わせてゆっくり話すことも大事ですが、ゆっくりと話しても、こちらからの返答が相手に理解されていなければ、あまり意味がないものになってしまいます。とくに認知症高齢者の場合、理解力が低下している方が多いので、相手の表情や、返答の内容を確かめながら、1つ1つていねいに返答をすることが大事です。
では、ここからは実例を交えながらさらに詳しく解説してみます。
相手への返答は、「単語」ではなく「文章」で
「今日は7月?それとも8月かね?」こんな問いに対しては、相手の顔を見ながら、「今日は8月ですよ。ほら、外でセミがミンミン騒いでいるでしょう。」このように伝えてあげてほしいのです。
ただ、「8月です。」と事実だけを伝えるだけでなく、季節を感じるキーワードなども交えて、理解しやすいよう工夫すると、さらに相手の理解度も深まり、結果、相手に安心感を与えることにもなります。
さらにもう1つ実例で解説します。
「私、今日ごはん食べたかね・・・」こんな問いかけに対しては、決して否定しないでください。相手は、自分が今日、ご飯を食べたかどうかを確かめているのです。自分がご飯を食べたのか?まだ食べていないのかわからなくなってしまい、自分でもどうしてよいかわからないのです。
だから、こんな時には、「今日は、○時に一緒に○○を食べましたよ。」「もしかして、もうお腹すいちゃった?」「もうすこししたら、晩御飯の時間だけど、それまでおせんべいでもつまみますか?」さっき食べたばかりだったとしても、決して相手を否定することはせず、まず、相手の訴えをすべて受け入れる。そのうえで、相手に安心してもらえるような言葉を、1つ1つていねいに、相手の反応を見ながら伝えていくのです。
もしかすれば、本当にお腹がすいているかもしれないし、ただ単に食べたことを忘れたのかもしれません。でも、相手はご飯を食べたことを確かめたいのです。確かめないと不安なのです。だからこそ、相手の表情や反応を見ながら、ゆっくりと1つ1つ言葉を伝えていくことが大切なのです。
認知症高齢者は自分を安心させてくれる存在に対して、とても敏感に反応します。
相手の反応を見ながら、1つ1つ言葉を伝えていくことは、介護の専門職員ですら、はじめは戸惑う介護技術の1つです。ですが、こういった接し方を積み重ねていくと、接する相手の反応が少しづつ変わってきます。結果、介護者と高齢者の関係も良好となり、介護者の負担を軽減することにもつながりますので、ぜひ、参考にしてみてください。
ストレスなく接するための実例を解説します。
ここまで、日々、認知症高齢者と接している方、これから接していくかもしれない方へ向けて、ストレスなく、上手く接するために必要な知識や、対応方法などについて解説してきました。では、ここからは、より具体的な接し方や対応方法について、実例をあげて解説してみようと思います。
「わたし、ご飯まだ・・・」と言われたときの対応方法
食事をしたことを忘れ、何度も何度も「ご飯まだ・・・」と訴える。これは、認知症高齢者によくみられる症状の1つです。
いつもの時間に一緒に食べたのに、それを忘れてしまう。そして、「さっき一緒に食べましたよ。」と何度言っても、「食べていない!」「早くご飯ちょうだい!」などと、介護者を困らせる・・・こんな時、絶対にNGなのは、「さっき食べたばかりでしょ!」と、否定的な言動で突き放すように対応してはいけません。
訴えている相手は食事をしたことをすっかり忘れているのです。こちらが何を言ったところで、「まだ、ご飯を食べていない。」のです。こんな時には、まず、相手の言い分をしっかりと聞いてあげてることが大切です。
「今、用意しますからちょっと待っていてください。」「それまで、お茶でも飲んで待っていてくださいね。」と、相手の言い分に対して、しっかり答えているという態度を見せることが大事です。
認知症高齢者の特徴に「物事を簡単に忘れやすい」ということがあります。
これは、認知症介護の現場でよくみられる光景ですが、「ご飯を食べていない」と訴える相手に対して、「わかりました。今用意しますからちょっとそこで待っていてくださいね。」と相手の言い分を受け入れ、まず、お茶や簡単なお菓子などを渡しておくと、お茶などを飲んでいる間に、さっき自分が訴えたことを忘れてしまうことがあります。
認知症高齢者への対応として、すべてに共通することが、「面倒だと思わず、ていねいに対応する」これが大切です。
「さっき、お昼に食べたでしょう!夜ご飯まで待ってください!」などと、突き放すように対応することは、逆に相手の混乱をまねく原因ともなります。適当にその場を済まそうと対応した結果、逆に相手の混乱を招き、さらに要求がエスカレートする。こんな結果にならないためにも、相手の訴えをしっかりと受け止めて、対応してるという態度を示すことが大切なのです。
「○○が無くなった!」と訴えたときへの対応方法
「お財布が無くなった!」「いつもの場所に置いておいた指輪が無くなった!」などと、突然部屋のタンスや引き出しをひっかきまわし、騒ぎだす。これも認知症高齢者によくみられる行動の1つです。こんな時、絶対にNGなのは、「何言っているの、財布なんて普段持ってないでしょう!」「最近、指輪なんてつけてないでしょう!」と、相手の発言を否定するような言動は絶対にしてはいけません。
こんな時にはまず、相手の訴えを受け止めて、普段使っていないものだとしても、一緒になって探してあげる。置いてある場所がわかっていたとしても、探すふりだけでもしてあげること。事実がどうであれ、「○○が無くなった!」と混乱しているのですから、その混乱の元となっている事実を、否定せずに受け止めること。これがとても大切です。
認知症介護の現場では、こういったことは、数多く起こりますが、面倒がらずに何度か相手と一緒になって探すことで、「この人は困ったときに助けてくれる人だ。」と認知症高齢者は認識してくれます。「自分の訴えに付き合ってくれる人」がそばにいることで、認知症高齢者の気持ちは落ち着き、その後の行動も落ち着きます。
これは先ほどから何度もお伝えしていることですが、まずは、相手の気持ちを受け止めてあげること。相手の訴えは否定しないこと。そして、面倒であっても、まず付き合ってあげること。これは、認知症高齢者とかかわるうえで、すべてに共通することですから、ぜひ覚えておいてください。
まとめ
今回、ここまで、認知症高齢者とストレスなく上手く接する方法について、今現在、認知省高齢者への介護をされている方や、これから介護をされる方にも、実例も交えながらできるだけわかりやすく解説してきました。
認知症と聞くとつい、「すぐになんでも忘れるし、何を言っても通じない。」こんな風に考えてしまいがちですが、決してそんなことはないのです。
たしかに、認知症という病を発したことで、物忘れがすすんだり、一般人から見て、突拍子もない行動に出ることもあるかもしれません。
ですが、その原因になっているのは、ものを理解したり、問題を解決する能力が低下したことにより、常に「混乱」し「困っている」からなのです。しかも、混乱していることや困っていることを、言葉に発して、うまく人に伝えることができないので、「どうしたらいいの?」といつも悩んでいる。これが認知症高齢者の実態なのです。
ここまで、認知症高齢者とストレスなく上手く接する方法などについて、色々とお伝えしてきましたが、接するうえで最も大切なこと、それは、「相手の気持ちを理解してあげること」これが最も大切なことであり、最も重要な対応方法です。
認知症高齢者にも、感情はしっかりと残されています。
「この人は自分を受け止めてくれる人だ」これが通じたとき、昨日まで混乱していた認知症高齢者とのかかわりが、嵐が過ぎ去ったように劇的に変化することもけっして珍しいことではありません。
今回、ここまでお伝えしてきた内容が、今、介護に奮闘されている方や、これから介護をされる方にとって、少しでもお役に立てるものとなれば幸いです。